訴状

訴    状

平成19年4月26日

新潟地方裁判所 民事部 御中

原告ら訴訟代理人 弁護士  高島 章           

(以下,訴訟代理人の記名捺印)
  当事者の表示  原告ら <別紙「原告目録」記載のとおり>
       〒951-8061 新潟市中央区西堀通七番町1551番2
ホワイトプラザ西堀2階(送達先)
TEL025-229-3902 FAX025-229-4316
原告ら代理人弁護士 障氈i高)島 章           


〒105-8518 東京都港区芝大門1−13−9
被 告 昭和電工株式会社               
代表者代表取締役 高橋恭平         
〒100-8518 東京都千代田区霞ヶ関1−1−1
被 告 国               
代表者法務大臣 長勢甚遠          
〒950-8570 新潟市中央区新光町4番地1
被 告 新潟県               
代表者知事 泉田裕彦            

新潟水俣病第3次損害賠償請求事件
 訴訟物の価額  
1 年金相当額につき   4億3074万6100円
2 損害賠償金につき   1億4400万0000円
3 死亡時の支払金につき 6000万0000円
合計 6億3474万6100円
 貼用印紙額        金192万5000円(訴訟救助の申立中につき貼付しない)


請求の趣旨

主位的請求の趣旨

1 被告らは,連帯して,原告らに対し各金1200万及びこれに対する別紙「遅滞損害金起算日」記載の日から支払い済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告昭和電工株式会社は,別紙「被告昭電に対する請求」の「合計額欄記載の各金員」及び平成20年9月末日から各原告が死亡するに至るまで,毎年3月末日限り金71万4050円及び9月末日限り金71万4050円の金員を支払え。
3 被告昭和電工株式会社は,各原告に対し,原告らが死亡したとき,その原因が新潟水俣病による場合,新潟水俣病の余病又は併発症による場合及び新潟水俣病に関係した事故による場合であることを条件として,原告らの相続人に合計金500万円の支払義務のあることを確認する。
4 訴訟費用は,請求の趣旨第1項については被告ら全員の,第2項及び第3項については被告昭和電工の負担とする。
との判決ならびに請求の趣旨第1項及び第2項(ただし,「平成20年9月末日から各原告が死亡するに至るまで,毎年3月末日限り金71万4050円及び9月末日限り金71万4050円の金員を支払え。」の部分を除く)につき仮執行の宣言を求める。


予備的請求の趣旨

1 被告昭和電工株式会社は,原告らに対し各金1200万円及びこれに対する別紙「遅滞損害金起算日」記載の日から支払い済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告昭和電工株式会社は,別紙「被告昭電に対する請求」の「合計額欄記載の各金員」及び平成20年9月末日から各原告が死亡するに至るまで,毎年3月末日限り金71万4050円及び9月末日限り金71万4050円の金員を支払え。
3 被告昭和電工株式会社は,原告らに対し,原告らが死亡したとき,その原因が新潟水俣病による場合,新潟水俣病の余病又は併発症による場合及び新潟水俣病に関係した事故による場合であることを条件として,原告らの相続人に各合計金500万円の支払義務のあることを確認する。
4 訴訟費用は被告昭和電工株式会社の負担とする。
との判決並びに請求の趣旨第1項及び第2項(ただし,「平成20年9月末日から各原告が死亡するに至るまで,毎年3月末日限り金71万4050円及び9月末日限り金71万4050円の金員を支払え。」の部分を除く)につき仮執行宣言を求める。


請求の原因             

はじめに         

1 本件訴訟の意義
 本件訴訟は,いわゆる「新潟水俣病」の患者である原告らに,損害賠償(被告ら全員)・補償協定の履行(被告昭和電工株式会社)を求めるものである。

2 原告ら
 原告らは,阿賀野川周辺に居住し,長年,阿賀野川の魚を喫食する等して,水俣病に罹患し,長期間にわたって,精神的・肉体的苦痛を受けてきた。

3 被告昭和電工株式会社
 被告昭和電工株式会社(以下「被告昭電」という)は,阿賀野川上流から,長期間工場廃液を排出して川魚を汚染し,これを喫食した原告に被害を及ぼした者であり,
(1) 不法行為に基づく損害賠償義務
(2) 後記する補償協定の債務者として,原告らに対して,補償協定上の債務を履行する義務
がある。

4 被告国及び被告新潟県について
 被告国及び被告新潟県(以下「被告県」という)は,関係法令上の規制権限を行使して新潟水俣病の発生やその拡大を防止する義務を有していたのにこれを怠った者であり,国家賠償法上の損害賠償義務を履行する義務がある。

主位的請求の趣旨2,3項及び予備的請求の趣旨に関する請求原因
(補償協定上の債務履行請求権)

第1 補償協定の締結について
 昭和48年(1973)6月21日,被告昭電と訴外新潟水俣病被災者の会(権利能力なき社団),訴外新潟水俣病共闘会議(権利能力なき社団)との間で別紙のような「新潟水俣病に関する協定書」(以下「協定書」と言う)が締結された。

第2 補償協定の民法上の位置づけ
 上記協定書は,民法上いわゆる「第三者のためにする契約」にあたるものである(訴外新潟水俣病被災者の会,同新潟水俣病共闘会議,被告昭電が契約当事者であり,水俣病患者である各原告らがその受益者である)。

第3 補償協定上の被告昭電の義務
補償協定で合意された被告昭電の義務は以下のとおりである。
1 被告昭電は,加害者としての責任を果たすため,過去,現在及び将来にわたる被害者の健康と生活上の全損害をその生涯にわたり償いつづける。
2 人間としての道として,すべての被害者に救済の手をさしのべる。
3(1) 死亡者及び他の介助なしに日常生活のできない者に対して一律に1500万円を支払う。
(2) その外の水俣病患者に対して一律1000万円を支払う。
(3) 水俣病患者が死亡に至るまで年金を支払う。年金額については,物価にスライドして増額される。年金支払時期は,昭和48年1月1日からとし,毎年3月末日及び9月末日を支給期日とし,年額の2分の1宛を支払う。
(4) 水俣病の患者が重症者となったとき,また死亡(原因が新潟水俣病による場合,新潟水俣病の余病又は併発症による場合及び新潟水俣病に関係した事故による場合)したときは,その時点において,金500万円を支払う。


第4 原告らがいずれも水俣病に罹患していること
 原告らは,いずれも水俣病に罹患している。
 この点につては,? そもそも,新潟水俣病とは何か(水俣病の病像)及び,? 原告らが「水俣病の病像」に当てはまり水俣病患者であることを主張する必要があるので,次の項目で主張する

第5 水俣病の病像及び原告らが水俣病患者であること
水俣病の病像
(1) 水俣病とは何か
水俣病全般
 化学工場から海や川に排出された工場排水に含まれていたメチル水銀含有物質によって魚介類が汚染され,周辺住民がそれを喫食したことによる,メチル水銀集団食中毒である。

新潟水俣病
被告昭電が経営する「昭電鹿瀬工場」が阿賀野川上流から排出したメチル水銀含有物質によって,阿賀野川の魚介類が汚染され周辺住民がそれを喫食したことによる,メチル水銀集団中毒である。

(2) 病像
 水俣病の「病像論」(どのような診断基準を満たせば,水俣病なのか)については種々議論があるが,原告らは,以下の病像論が適切であると考える。すなわち,
メチル水銀に汚染された魚介類を多食したこと,
イ 四肢末梢性の感覚障害を有すること
である(日本神経精神学会の公式見解もこれと同旨である)。

2 原告らはいずれも水俣病患者である。
 詳細は,別紙「病歴等一覧表」のとおりであり,全員が水俣病の病像に合致している。即ち原告らは,全員「新潟水俣病患者」である。

第6 受益の意思表示
1 上記のとおり,原告らはいずれも水俣病に罹患しており,上記した協定書(被告昭電と「被災者の会」・「共闘会議」との契約)について,受益者である。
2 原告らは,本訴状をもって,協定書(契約)に関し受益の意思表示をする。
3 なお,協定書には「認定患者」という文言がある。しかし,同協定書に,「この協定書に言う『認定患者』とはこれこれである」というような定義規定はない。したがって,協定書に言う「認定患者」とは,日本語の常識的な意味から見て,「水俣病と認定された患者」あるいは「水俣病と認定すべき患者」を意味するものであり,原告らは同協定書に言う「認定患者」に該当するものである(原告らが,「認定患者」に該当するか否かは,結局,御庁が本件訴訟においてこれを判断することになろう)。
4 よって,被告昭電は,原告に対し協定書で協定した条項を履行する義務がある。

5 物価スライド
 協定書において,水俣病患者に対する年金支給額は50万円となっているが,物価スライド条項があり,それぞれの年次の支給額は,次のとおりである。

昭和48年〜    500,000円
昭和50年〜    650,000円
昭和53年〜    845,000円
昭和58年〜   1,098,500円
平成10年〜   1,428,100円
第7 結語
1 よって,被告昭電は,原告らに対し,協定書に基づき請求の趣旨(主位的請求の趣旨2・3項及び予備的請求の趣旨)のとおり,
(1) 金1000万円を支払い,
(2) 物価スライドによる生涯にわたる年金を支払い,
(3) 水俣病により死亡したこと等を条件として500万円を原告らの相続人に支払う
各義務がある。

2 遅滞損害金及び弁護士費用
(1) 遅滞損害金相当額
 被告昭電は,本来,各原告が水俣病に罹患した時期に直ちに補償金を支払う義務があったのに,これを怠っている。したがって,被告昭電は債務不履行責任に基づき各原告が水俣病に罹患したときから年5分の割合による遅滞損害金の支払いをすべき義務がある。

(2) 弁護士費用相当額
 本件訴訟は専門家たる弁護士の助力なしには遂行できないものであり,被告昭電は,弁護士費用相当額200万円を原告らに各支払う義務がある。

3 結論
 よって,各原告は,被告昭電に対し,補償協定履行請求権に基づき主位的請求の趣旨2−4及び予備的請求の趣旨記載のとおりの義務があるから,御庁に対して,同様の判決を求める次第である。

主位的請求の趣旨第1項に関する請求原因
(損害賠償責任          )

第1 請求原因の要約
  原告は,
1 被告昭電に対して不法行為に基づく損害賠償責任の履行,
2 被告国及び県に対して,関係法令に基づく規制権限を行使しなかったことにより水俣病の被害を発生させた根拠とする国家賠償責任の履行,
を求めるものである。
3 以下訴状においては,
(1) 当事者
(2) 新潟水俣病の発生及びその原因
(3) 新潟水俣病の病像,上記病像に基づき原告らは全員水俣病であること
(4) 被告昭電の民法709条に基づく損害賠償責任
(5) 国及び県の国家賠償責任
(6) 損害
について主張する。

第2 当事者について
1 原告ら
 原告らは,阿賀野川周辺に居住し,長期間,阿賀野川の魚を喫食する等して,水俣病に罹患し,長期間にわたって,精神的・肉体的苦痛を受けてきた。

2 被告昭電について
 被告昭電は,阿賀野川上流から,長期間工場廃液を排出して,川魚を汚染し,これを喫食した原告らに被害を及ぼした者であり,不法行為に基づく損害賠償義務がある。

3 被告国及び県について
 被告国は関係法令(水質二法)に基づき,また,被告県は新潟県内水面漁業調整規則に基づき,被告昭電に対して,工場排水を阿賀野川に排出すること等を規制すべき義務があったのにこれを怠った者であり,国家賠償法に基づく損害賠償義務がある。

第3 水俣病の発生及びその原因,並びに新潟水俣病の発生及びその原因
1 (熊本)水俣病の発生・その原因
(1) 発生
 1950年(昭和25年)ころ,熊本県水俣市水俣湾沿岸)において,魚が大量に死んで浮上したり,1953年(昭和28年)ころから,猫が狂い死にするなどの奇怪な現象が発生するようになった。
1956年(昭和31年)4月,水俣市内在住の少女が「口がきけなくなり歩くこともできなくなる」という症状で「チッソ付属病院」に入院した。その後同様の患者が3名入院した。
 同病院の細川一院長らは,1956年(昭和31年)5月1日,水俣保健所にこの旨を報告した(この日が「水俣病公式発見の日」とされている)。

(2) 原因
 その後も,同様の症状の患者の発生が相次いだため,熊本大学医学部は,その原因の調査に着手し,1959年(昭和34年)7月に「魚介類を汚染している毒物としては,水銀が極めて注目される」との見解を示した。
水俣市内において同様の疾患に罹患した患者は,1956年(昭和31年)までの間に54名に上り,内17名が死亡していることが判明した。
その後の研究により,1963年(昭和38年),チッソ水俣工場の工場排水に含まれるメチル水銀がこれらの病気(水俣病)の原因であることが明らかとなった。しかし,チッソ水俣工場の廃液の排出は,1968年(昭和43年)まで継続した。

2 新潟水俣病の発生・その原因
(1) 発生
 上記した水俣病公式発見の日の9年後(1965年〔昭和40年〕),新潟県内の阿賀野川流域においても同種の病気が発生した。これが「新潟水俣病」である。その後も7名の患者が発見された(内2名は死亡)。

(2) 原因
1965年(昭和40年),新潟水俣病の原因は「川魚と推定される」との見解(北野新潟県衛生部長)が発表され,1966年(昭和41年)3月厚生省は「事件(新潟水俣病)はメチル水銀化合物によって汚染された魚介類の摂取によって発生したもの」との中間報告が発表されたが,原因企業が被告昭電であるとの断定までには至らなかった。
 しかし,その後の厚生省特別研究班の調査により,1967年(昭和42年)に4月,「水俣病の原因は,阿賀野川の上流にある昭和電工鹿瀬工場の排水である」との見解に達し,また,そのころ,新潟大学及び新潟県も,同様の見解を公表した。
 1968年(昭和43年)9月,政府は,統一見解を発表した。その内容は,「新潟水俣病の原因は,昭和電工鹿瀬工場のアセトアルデヒト製造工程中に副生されたメチル水銀化合物を含む排水である」というものである。
 1971年(昭和46年),御庁におけるいわゆる新潟水俣病第1次訴訟の判決により,水俣病の原因は,被告昭電の工場排水であることが司法上の公式見解となった。

第4 被告昭電の故意・過失
 被告昭電は,遅くとも1961年(昭和36年)暮れまでには,熊本水俣病の原因がメチル水銀を含有した工場排水であることを知った。したがって,同被告は,遅くともその時点で,工場排水を阿賀野川に流出することを止める義務があった。しかるに,同被告は,故意にこの義務に違反し,原告らを水俣病に罹患させたものである(上記した新潟水俣病第1次判決も同様の認定をしている)。

第5 水俣病の病像及び原告らが水俣病患者であること
水俣病の病像
(1) 水俣病とは何か
水俣病全般
 化学工場から海や川に排出された工場排水に含まれていたメチル水銀含有物質によって魚介類が汚染され,周辺住民がそれを喫食したことによる,メチル水銀集団食中毒である。

新潟水俣病
被告昭電が経営する「昭電鹿瀬工場」が阿賀野川上流から排出したメチル水銀含有物質によって,阿賀野川の魚介類が汚染され周辺住民がそれを喫食したことによる,メチル水銀集団食中毒である。

(2) 病像
 水俣病の「病像論」(どのような診断基準を満たせば,水俣病なのか)については種々議論があるが,原告は,以下の病像論が適切であると考える。すなわち,
メチル水銀に汚染された魚介類を多食したこと,
イ 四肢末梢性の感覚障害を有すること
である(日本神経精神学会の公式見解もこれと同旨である)。

2 原告らはいずれも水俣病患者である。
 詳細は,別紙「病歴等一覧表」のとおりであり,全員が水俣病の病像に合致している。即ち原告らは,全員「新潟水俣病患者」である。

第6 国及び新潟県の責任
 1 熊本水俣病関西訴訟について
 いわゆる「水俣病関西訴訟」において,国の責任は確定している(最高裁判所2004(平成16)年10月15日判決)。
 同訴訟では訴外熊本県の責任(国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任)も確定しているが,同様の責任は,被告県にも認められるべきである。
 新潟水俣病第2次訴訟においては,国の責任が認められず,また,そもそも新潟県を被告としなかったのだが,上記した「関西訴訟」の判示事項は,新潟水俣病においても等しく妥当するものである。
 関西訴訟判決の判示内容は,国及び県の責任を明らかにするため不可欠なので,項を改めて解説する。

2 上記判決は,国及び熊本県の責任につき,次のとおり判示している。
(1) 国は,1960(昭和35)年1月以降,チッソ水俣工場の排水に関して,公共用水域の水質の保全に関する法律(1970(昭和45)年法律第108号による改正前のもの。以下「水質保全法」という)及び工場排水等の規制に関する法律(以下「工場排水規制法」という。この両法を併せて「水質二法」という)に基づき,また,熊本県は,熊本県漁業調整規則(1951(昭和26)年熊本県規則第31号。以下「県漁業調整規則」という)に基づき,規制権限を行使しなかったことは違法であり,1960(昭和35)年1月以降に水俣湾またはその周辺海域の魚介類を摂取して水俣病となった者及び健康被害の拡大があった者に対して国家賠償法第1条第1項による損害賠償責任を負う。
(2) 水質二法所定の規制は,?特定の公共用水域の水質の汚濁が原因となって,関係産業に相当の損害が生じたり,公衆衛生上看過し難い影響が生じたりしたとき,またはそれらのおそれがあるときに,当該水域を指定水域に指定し,この指定水域に係る水質基準(特定施設を設置する工場等から指定水域に排出される水の汚濁の許容限度)を定めること,汚水等を排出する施設を特定施設として政令で定めることといった水質二法所定の手続が執られたことを前提として,?主務大臣が,工場排水規制法7条,12条に基づき,特定施設から排出される工場排水等の水質が当該指定水域に係る水質基準に適合しないときに,その水質を保全するため,工場排水についての処理方法の改善,当該特定施設の使用の一時停止その他必要な措置を命ずる等の規制権限を行使するものである。そして,この権限は,当該水域の水質の悪化にかかわりのある周辺住民の生命,健康の保護をその主要な目的の一つとして,適時にかつ適切に行使されるべきものである。
 そして,1959(昭和34)年11月末の時点で,?1956(昭和31)年5月1日の水俣病の公式発見から起算しても既に約三年半が経過しており,その間,水俣湾またはその周辺海域の魚介類を摂取する住民の生命,健康等に対する深刻かつ重大な被害が生じ得る状況が継続していたのであって,国は,現に多数の水俣病患者が発生し,死亡者も相当数に上っていることを認識していたこと,?国においては,水俣病の原因物質がある種の有機水銀化合物であり,その排出源がチッソ水俣工場のアセトアルデヒド製造施設であることを高度のがい然性をもって認識し得る状況にあったこと,?国にとって,チッソ水俣工場の排水に微量の水銀が含まれていることについての定量分析をすることは可能であったことといった事情を認めることができる。なお,チッソが1959(昭和34)年12月に整備した前記排水浄化装置が水銀の除去を目的としたものではなかったことを容易に知り得た。
 そうすると,同年11月末の時点において,水俣湾及びその周辺海域を指定水域に指定すること,当該指定水域に排出される工場排水から水銀またはその化合物が検出されないという水質基準を定めること,アセトアルデヒド製造施設を特定施設に定めることという上記規制権限を行使するために必要な水質二法所定の手続を直ちに執ることが可能であり,また,そうすべき状況にあったものといわなければならない。そして,この手続に要する期間を考慮に入れても,同年12月末には,主務大臣として定められるべき通商産業大臣において,上記規制権限を行使して,チッソに対し水俣工場のアセトアルデヒド製造施設からの工場排水についての処理方法の改善,当該施設の使用の一時停止その他必要な措置を執ることを命ずることが可能であり,しかも,水俣病による健康被害の深刻さにかんがみると,直ちにこの権限を行使すべき状況にあったと認めるのが相当である。また,その時点で上記規制権限が行使されていれば,それ以降の水俣病の被害拡大を防ぐことができたこと,ところが,実際には,その行使がされなかったために,被害が拡大する結果となったことも明らかである。
 これら諸事情を総合すると,1960(昭和35)年1月以降,水質二法に基づく上記規制権限を行使しなかったことは,上記規制権限を定めた水質二法の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,著しく合理性を欠くものであって,国家賠償法第1条第1項の適用上違法というべきである。
(3) 熊本県知事は,水俣病にかかわる諸事情について国と同様の認識を有し,または有し得る状況にあったのであり,同知事には,1959(昭和34)年12月末までに県漁業調整規則32条に基づく規制権限を行使すべき作為義務があり,1960(昭和35)年1月以降,この権限を行使しなかったことが著しく合理性を欠くものであって,国家賠償法第1条第1項による損害賠償責任を負う。なお,同規則は,水産動植物の繁殖保護等を直接の目的とするものではあるが,それを摂取する者の健康の保持等をもその究極の目的とするものである。

3 上記関西訴訟の判決は,本件訴訟にも適用されるべきである。
新潟水俣病は,上記熊本水俣病よりも9年後に発生したものであり,最高裁判決の法理は,本件訴訟においても等しく妥当するものであり,国及び新潟県国家賠償責任は明らかである。

(1) 水質二法上の責任(被告国)
ア 被告昭電は(当時は昭和肥料鹿瀬工場)1929年(昭和4年)にカーバイド・石炭窒素等の生産を開始した。
イ 1936年(昭和11年)6月,昭和合成株式会社は,水銀等を触媒にしてアセトアルデヒトの生産を開始した。
ウ 1939年(昭和14年)6月,昭和肥料と日本電気工業とが合併し,被告昭電が設立された。
エ 1957年(昭和32年)5月,被告昭電は,昭和合成株式会社を吸収合併し鹿瀬工場のアセトアルデヒド生産設備を増強した。
オ 同年9月25日,被告昭電は,阿賀野川漁連の訴えにより,被告県と「残滓ならびに汚濁水の処理については,被害のおそれなきよう適切な処理を行うものとする」という趣旨の覚え書きを交換した。
カ 被告昭電鹿瀬工場裏手のカーバイト残滓捨て場が崩落し,阿賀野川へ放流した。このため河口まで多量の魚が死滅した。
キ 1965年(昭和40年)1月10日,被告昭電は,アセトアルデヒドの生産を停止した(その際,被告昭電は,アセトアルデヒド製造工程図を焼却し,製造プラントを撤去した)。
 以上のような昭電の行為から見れば,被告国は,水質2法に基づき,遅くとも1960年(昭和35年)以降,その規制権限を行使すべきものであり,規制権限を行使しなかったことは,国家賠償法1条1項の適用上違法である。

(2) 漁業規則上の責任(被告県の責任)
 新潟県内水面漁業調整規則(昭和26年12月4日 新潟県規則第89号)は,第21条において
「水産動植物に有害な物を遺棄し、又は漏せつするおそれがあるものを放置してはならない。
2 知事は、前項の規定に違反する者がある場合において、水産動植物の繁殖保護上害があると認めるときは、その者に対して除害に必要な設備の設置を命じ、又は既に設けた除害設備の変更を命ずることがある。」
と定めている。
 当時の新潟県知事は,水俣病にかかわる諸事情について国と同様の認識を有し,または有し得る状況にあったのであり,同知事には,遅くとも1959(昭和34)年12月末までに同規則に基づく規制権限を行使すべき作為義務があり,1960(昭和35)年1月以降,この権限を行使しなかったことが著しく合理性を欠くものである。
 よって,被告県は,国家賠償法第1条第1項による損害賠償責任を負う。
 

第7 原告らの損害
1 原告らは,被告らの共同不法行為により水俣病に罹患したものであり,被告らに対して高額の損害賠償を求める権利がある。

(1) 被告昭電の悪質性
  以下のとおり,被告昭電の責任は極めて悪質であり,高額の慰謝料支払いが相当である。
ア 補償協定を反故にし,今日まで水俣病患者への正当な補償をしていないこと。
イ 工場廃液が水俣病の原因であることを知った後に,アセトアルデヒトの生産量を急増させており,被告の責任は,犯罪行為にも等しい故意によるものであること。

(2) 被告国及び県の悪質性
ア 新潟水俣病は,熊本水俣病に対しての被告国の責任回避ともいうべき対応によって引き起こされたといえる。国は熊本水俣病が発生した時点で原因の究明を怠り,チッソ水俣工場と同様の生産を行っていた昭和電工鹿瀬工場の操業停止という措置をしなかったからである。
イ 「水俣病関西訴訟」の判例を無視して,いわゆる「昭和52年基準」に固執し,果たすべき責任を放置した。
ウ 原告らは,新潟大学(国立)における検査に際し,あたかも「詐病・ニセ患者」であるかのような非人間的な扱いを受けた。
エ 両被告らは原告ら及びその他の患者全員に対して直ちに正当な補償をすべき義務があるのに,いわゆる行政認定の申請を棄却したり,長年放置しており,のみならず,最近に至っては,「安上がりの政治決着」を図っている。
2 原告らは,水俣病に罹患してから,その一生を終えるまで,生涯にわたり筆舌に尽くしがたい苦痛を受ける。原告らは,水俣病に罹患したことによって,多様な健康被害を被ったことはもとより,長年月にわたって多大な苦痛を受けてきたし,これからも受け続ける。
 原告らのこうした精神的苦痛に対する慰謝料を算定すると1000万円が相当である。
 この慰謝料の支払い遅滞の起算日は,それぞれの原告に水俣病の症状が発生した日(交通事故等と違い,正確な特定は困難である)から,相当時期を経過した日からである。

第8 弁護士費用
 本件訴訟遂行に要する弁護士費用は,原告一人当たり,200万円が相当である。

第9 結論
以上の次第であるから,原告らは,被告らに対し,民法第709条,国家賠償法第1条第1項に基づき,連帯して原告1人あたり一律金1200万円及びこれらに対する別表「遅滞損害金起算日」から完済に至るまで民法所定の年5分の割合による損害賠償金の支払いを求める。

立証方法              

甲1 新潟水俣病のあらまし(新潟県発行)
その他は,追って口頭弁論において提出する。

添付書類           

1 資格証明書        1通
2 訴状副本         3通
2 訴訟委任状       12通